英国在住アーティストのエドワード・ルーパーさんが、FT日経UK駅伝 Year 3 のポスター制作について、UK駅伝創設者兼CEOのアンナ・ディングリーとのインタビューで全てを語ってくれました。UK駅伝と本ポスター、共通するのは、日本と英国の歴史と文化の融合。浮世絵とオマージュをさせた、このユニークなUK駅伝オリジナルポスターの着想から苦労話まで、ポスターをより楽しめるストーリーが詰まっています。
Anna: 日本の版画に詳しくなったきっかけや、こうした素敵な作品を作るようになったきっかけを教えてください。
Edward私の日本への興味はとても早い段階から始まりました。日本美術について正式に学ぶずっと前のことです。7歳のとき、両親に連れられてニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れ、初めて武士の甲冑を目にしました。当時はそれを言葉で表現することはできません。その形や素材、そして放つ存在感が、強烈に心に残ったのを今でも覚えています。
それから、日本の浮世絵に描かれた侍の絵を真似して描くようになりました。当時は、それが木版画だということも、そこにある文化的な背景もよく分かっていませんでした。ただ、力強い線やフラットな色使い、ドラマチックな構図に強く惹かれていたのです。 そうした好奇心は、少しずつ深まっていきました。13歳のときには、学校の課題で「富嶽三十六景」で知られる北斎について調べることになり、そのとき初めて、これらの作品が「浮世絵(浮世の世界を描いた絵)」と呼ばれる、長く洗練された芸術の伝統の一部であることを理解するようになりました。
大学在学中に、イズリントンのエンジェルにある日本美術ギャラリーで働くようになりました。そこが大きな転機でした。実際の日本のアンティーク版画を手に取り、それらがどのように鑑賞され、語られ、価値づけられているのかを学ぶようになったからです。 卒業後はオークションハウスで働き、日本の版画を間近で、日常的に見る機会に恵まれました。オリジナル作品を直接見ることで、線の質感や紙、顔料、経年による風合いなど、本や複製では決して分からないことを学ぶことができました。

Figure 1 Edward Luper looking at Hokusai’s ‘Great Wave’ at an auction preview, 2019
作品を制作するようになったのは、テクノロジーの存在がとても大きいです。iPadとApple Pencilが登場したことで、このタイプの表現に本当にしっくりくる形でデジタル制作ができるようになりました。単なる模倣ではなく、現代的なツールとして使えるようになったのです。 日本の版画に欠かせない、ペンや鉛筆水彩だけでは難しかったフラットな色使いや力強い輪郭線を、表現できるようになりました。
日本の木版画そのものを学ぶ機会を得たのは、実はもっと後になってから、短期講座を通じて深めていきました。子どもの頃は本格的な学びの場に触れる機会はなかったのですが、その頃すでに、この伝統に対して深い敬意を抱くようになっていました。 今の私の作品は、「学び」「オマージュ」そして「継承」のちょうど中間にあるようなものだと思っています。現代のツールを使いながら、とても古くから続くビジュアル言語と丁寧に向き合っている、そんな感覚です。
Figure 2 Edward Luper, BT Tower by Omotesando, ’36 Views of the BT Tower’, 2021
AnnaUK駅伝と同じく、あなたの作品には日本とイギリスの文化がうまく溶け合っています。こうした表現のアイデアやインスピレーションはどこから来ているのですか?
Edward日本の版画への愛情は、かなり長い間自分の中に根付いていました。ただ、ある時点で、子どもやティーンの頃のように単に模倣するだけではなく、その伝統と対話しながらも、本当に自分自身の表現だと言える作品を作りたいと思うようになりました。
北斎のような作家を見ていて強く感じるのは、単なる作風だけでなく、思考の構造そのものです。『富嶽三十六景』では、富士山が動かない軸として存在し、その周りで季節や天候、人々の営み、そして空気感までもが変化していきます。モネもこの考え方に影響を受けて、連作の「積みわら」で同じような試みをしています。 それを見て、私自身もシンプルだけれど大切な問いを自分に投げかけるようになりました。 「自分の人生における“動かない軸”は何だろう?」
私にとっては意外だったのですが、それが BTタワー でした。ロンドンではとても身近な存在で、私が住んだり、学んだり、働いたりしてきた場所の多くから見えるんです。気づけば、それは私にとっての富士山のような存在になっていました。まわりのすべてが変わっていく中で、変わらずそこにある、安心感のある軸のような存在です。 「BTタワー三十六景」を制作したのは、北斎へのオマージュであると同時に、彼の“ものの見方”を自分自身の世界に置き換えて表現する試みでもありました。
もっと広い視点で見ると、江戸時代の都市文化には、現代のロンドンと驚くほど共通点が多いと感じています。どちらも人が密集し、活気があり、人の移動や商い、日常の営みによって形づくられている都市です。私はよく「ロンドンは自分にとっての江戸だ」と言うことがあります。 本当に些細なところにも共鳴するものがあって、たとえば四角いボックスを背負って走るDeliverooの配達員の姿を見ると、江戸の町を荷物を運んで駆け回っていた飛脚を思い出すことがあるのです。
浮世絵の伝統は、決して風景だけを描いていたわけではありません。役者や美人画、相撲取り、祭り、橋、そして季節―つまり、当時のカルチャーそのものを描いていました。その感覚は、現代にもそのまま通じるものだと思っています。 今で言えば、俳優やアスリート、サッカー選手、あるいはレースを走るランナーたちが、その存在にあたるのかもしれません。私が関心を持っているのは、過去を再現することではなく、そのビジュアルの言語を使って、今、私たちが生きている世界を丁寧に見つめ直すことなのです。
Figure 3 Katsushika Hokusai, ‘Red Fuji’ from the series 36 Views of Mt Fuji, 1830s
Anna以前からあなたの作品のファンで、実は自宅にもBTタワーシリーズの作品をいくつか飾っています。 今回、FT日経UK駅伝 Year 3 のポスター制作をご相談するまで「駅伝」という競技をご存じでしたか? そして、この企画のお話を聞いたとき、率直にどんな印象を持たれましたか?
Edward駅伝という言葉自体は知っていましたが、直接ではなく、Netflixで観た日本のドラマ『陸王』を通してでした。駅伝を舞台にアスリートたちが競い合う物語で、自分自身はランナーではないのですが、それでも「リレー」というアイデアは強く印象に残っていました。
FT Nikkei UK駅伝 Year 3 のポスター制作のお話をいただいたときは、もう本当に嬉しかったです。浮世絵というビジュアル言語を通して、イギリスと日本を結びつけられる、まさに理想的な機会だと感じました。
特に心を惹かれたのは、このプロジェクトが持つ歴史的な響きです。アンティークの浮世絵は、今でこそ「美術作品」として扱われていますが、当時はそうでなく、ポスターや広告、挿絵付きのニュース、土産物など、日常の中で多くの人に見られ、使われ、楽しまれる存在だったのです。 そういう意味で、UK駅伝のポスターをデザインすることは、とても自然で、しっくりくるものだと感じました。江戸時代の版画師たちが歩んでいた道を、ほんの少しだけ自分なりに引き継ぎながら、伝統的なビジュアル言語を使って、今の時代に生きた、開かれた表現を届けられる。そんな感覚でした。
AnnaFT日経UK駅伝のポスターには、浮世絵や広重のオマージュが随所に見られる一方で、遊び心のある現代的なディテールも取り入れられています。デザインの中に込めた主な要素や、スタイル面で特に大切にしたポイントについて教えていただけますか?
Edwardまず出発点になったのは、制作にあたる数々のリクエストです。ポスターにはウィンザー城、テムズ川、そしてランナーを必ず入れる必要があり、それが最初から構図上の大きなチャレンジでした。実際には、お城は川の向こう側に位置していますし、それらすべてを縦型のA3サイズに、無理なく、違和感なく収めるのは簡単ではありませんでした。
実は、こうした構図の問題は何百年も前に日本の絵師たちがすでに解決していました。浮世絵では、雲が空間を区切るための「視覚的な間(ブレイク)」としてよく使われています。距離を分けつつも、ひとつの画面の中にすべてを収めるための工夫です。今回はそのアイデアを借りました。 ウィンザー城は雲の向こうに少し隠れるように描かれていますが、これによって空間をぎゅっと圧縮しつつ、奥行きの感覚を保つことができます。歴史的に見ても、江戸城は一般の人々の手の届かない存在として、雲に包まれて描かれることが多くありました。その表現をウィンザー城に重ねるのは、とても自然で、どこか遊び心もあると感じたんです。 特に参考にしたのは、広重の《駿河町》。雲によって富士山と、その下に広がる賑やかな街並みが分けられていて、その構成が今回のポスター制作にも大きなヒントを与えてくれました。
Figure 4 Hiroshige, Suruga-cho, ‘One Hundred Famous Views of Edo’, 1856
しかし、西洋の鑑賞者の中には、こうした雲の表現を日本的な空間としてすぐに読み取れず、岸辺や風景として解釈してしまう方もいることは意識していました。そこで、雲の一部を切り開き、木立の道を見せることで、すべてが同じひとつの風景の中にあることを、さりげなく伝える工夫をしています。
縁取りや画中の枠も重要な要素でした。伝統的な浮世絵では、タイトル枠や印章が画面を囲むように配置されますが、その構造を現代的に生かしたいと考えました。なかでも気に入っている細部のひとつが、ランナーの足がその枠を越えて飛び出している点です。これは時間と空間を越える視覚的な仕掛けで、江戸時代の飛脚が、現代の駅伝ランナーと同じ空間を走っているかのようなイメージを表現しています。
飛脚の姿は、東海道や木曽街道を走る使者を描いた江戸時代の浮世絵をもとにしています。情報や荷物を次の地点へとつないでいく彼らは、駅伝競技の歴史的な祖先と言える存在です。だからこそ、この作品に自然な形で登場してもらうことができたのです。
Figure 5 Detail of a print by Hiroshige showing a courier, 19th century
飛脚のボックスの上にちょこんと乗っている猫について、これは単純に私のアイディアです。猫は日本の浮世絵によく登場する存在ですし、そこに少し温かさとユーモアを加えたくて、思わず描き込んでしまいました。さらに本物らしさを高めるため、江戸時代の版元印や「極」印(検閲を通過した証として押されたもの)も取り入れています。これらは当時、出版の許可を示すために実際に用いられていました。
また、もう一人の江戸時代の走者は、広重の作品から直接着想を得ています。オリジナルでは、口を大きく開け、まるでムンクの《叫び》のように必死さが強調された表情をしていますが、この作品では少し和らげ、躍動感は残しつつも、より親しみやすい表情にしています。
Anna最後に、FT日経UK駅伝をきっかけにあなたの作品を知った読者は、どこで他の作品を見ることができますか?
Edward私の作品は、公式ウェブサイトedwardluperart.com や、Instagram(@edward.luper.art)などのオンラインプラットフォームでご覧いただけます。そこでは完成作品だけでなく、長期的なプロジェクトの制作過程も掲載しています。 最近では東京・銀座で個展を開催しました。日本の視覚文化に強く影響を受けた作品を、日本という場所で発表できたことは、私にとってとても特別な経験でした。
私の制作は、頻繁な展示よりも、時間をかけて一つのシリーズやテーマを育てていくことに重きを置いています。駅伝とよく似ているかもしれません。継続、積み重ね、そしてアイデアを少しずつ形にしてく過程を大切にしています。