ランニング雑誌「ランナーズ」で特集されました

駅伝への「発見」が高め合う 日英のランニング文化 日本経済新聞社と英フィナンシャル・タイムズの合同チームの一員として参加した菅野幹雄さんに寄稿いただきました。

日本経済新聞社 常務執行役員論説委員長 菅野 幹雄

南イングランドの短い夏に差す強い陽光が、ランナーとサポーター、そして大会運営に尽力したスタッフを今年も祝福してくれた。英王室の美しい城をのぞむウィンザーから上流のレディングまでテムズ河畔を往復する第2回UK駅伝は、昨年の初回を上回る規模と厚み、その中で開かれた。

私は大会に協賛する日本経済新聞社と英フィナンシャル・タイムズ(FT)の合同チームに加わり、昨年は1区、今年は最終区の10区のタスキを任された。 素晴らしい記憶と選手たちの声をたどり、駅伝が織りなす道へランニング文化の融合を示したい。

金栗四三が箱根路の競争を発案した駅伝の祖国日本と、セバスチャン・コーやポーラ・ラドクリフなどの名選手を輩出した陸上競合国の英国。

大会創設者のアンナ・ディングリーさんが抱いた「箱根駅伝を母国の英国で」という夢は、互いのランニング文化の素晴らしさを学び合う場として結実した。

前日の6月19日、イングランド、スコットランド、ウェールズと各地から集まった大学、そして日本から参加の立命館大学らにタスキを授与する前夜祭があった。 中継所となる公園のテントには、色とりどりのユニフォームを着たチームの輪が重なる。

オックスフォード大で7区を走ったレベッカ・フラハッティさんは、 「大抵は個人で競う私がチーム競技に加わり、試合前夜に他のチームとの友情が芽生えた素晴らしい経験でした。」 とその日を振り返る。

参加した英スター選手2人にも駅伝の特別さを聞いた。 パリ五輪女子個人トライアスロン銅メダルのベス・ポッター、東京五輪女子1万メートル9位のエイリッシュ・マッコルガンの両選手だ。

ポッターさんは、「日本で受け継がれた競技が母国で開かれることは本当に特別なこと。」

マッコルガンさんは、 「英国にスプリンターのリレーはあるが、長距離ランナーには全くない。 誰が一番速いかではなく、グループとして最速を競う。とてもユニークなコンセプトだ。」 と揃って声を弾ませた。.”

レース当日、30度を越す異例の猛暑の中、 中継所で待機する我々10区のランナーの側を、先頭を競うオックス・フォードと立命官が25秒の近差で助きリレーした。 最後にオックス・フォードが引き離したものの、後半途中に中継所を外れた地点で助きを渡したことから失格になった。

あっけない幕切れにも立命官の栄冠は色褪せない。

土屋舞琴女子部長距離主将は、 後半に男子が逆転してくれ、すごい勢いに乗れた。駅伝はゲームチェンジャーが途中にいるとやっぱり強い。 日本の伝統だからこそ負けたくないっていう気持ちが今回の大会にはあった。 伝統をしっかり後輩に受け継ぎたいと喜びを話した。 杉村憲一・女子陸上部監督のコメントは印象深い。.”

「日本の大会って揃いすぎている。でも海外はそうではない。 部屋が相部屋だったり、試合の時間が急に変わったり、 普通と違う経験をすることが日本で戦う意味でも成長につながる。 」 不整地の自然を舞台にしたレースは、昔の日本では当たり前だったかもしれない。

不整地の自然を舞台にしたレースは、昔の日本では当たり前だったかもしれない。 今や整いすぎた環境にある駅伝祖国の日本も、 英国の大会に多くを発見し学べたのではないか。

日経FTが集まった我がチームで唯一鈍足ランナーだった私は、 仲間の貯金のおかげで後続の猛追を振り切り、 ランナーズの部で2位を死守した。

ウィンザー城を背にした必死のフィニッシュを出迎えてくれた 同僚たちの笑顔は忘れられない。 タスキに次への思いを託すUK駅伝の魅力が、 日本や世界でもっと多くの人に伝わり、心を動かしてほしいと願う。

やり遂げる意思を感じたUK駅伝

アシックス代表取締役会長CEOの廣田康人さんが、ランニングと会社経営を綴る連載。今月のテーマは、自身が参加したUK駅伝です。

北半球では1年で一番昼間の時間が長い下旬の1日前、6月20日にイギリスで開催されたUK駅伝に参加してきました。

このUK駅伝は、知日家・親日家であるアンナ・リングリーさんが日本の大学駅伝を見て、「ぜひこの素晴らしいイベントをイギリスでも開催したい」という熱い思いのもと、昨年より始まったものです。

レースはロンドンの西にあるウィンザーからレディングを往復する全114kmを、10人の選手でタスキをつなぎます。
今回はケンブリッジ、オックスフォード、日本から参加の立命館を含む16大学と、企業・団体15の合計31チームが参加しました。

イギリス郊外のテムズ川沿いのとても景色の良い道を走るのですが、舗装されているところが少なく、ロードレースというよりむしろトレイルランといった様相。
しかも道路封鎖はされず、一般歩行者がいる中を走るのですから、かなり日本の駅伝とは異なりました。

それでも、襷をつなぐという行為は同じ。走ったランナーからは、「次につなげなくてはならない、というプレッシャーの中、ランを楽しめた。」「ランニングは個人戦だと思っていたが、駅伝はまさに団体戦。.”
仲間の大切さとありがたみを感じることができた」といった感想が聞かれました。.”

多くの外国人ランナーが「日本の伝統スポーツ」とも言って良い駅伝を楽しんでくれたことを本当に嬉しく思いました。

それにしても、このUK駅伝を実現させたアンナさんの熱意には驚かされます。
日本の伝統に比べれば大会運営やコース整備なども、比べ物にならないほど素人っぽいのですが、それでも多くの関係者を巻き込んで、これだけの大会を作り上げたことに頭が下がります。

会社でも、何か新しいことは一人の強烈な思いや意思があってこそ始まるということが多いですよね。
駅伝を走っていて、この「何としてもやり遂げるんだ」という思いと、「何としても次のランナーにタスキをつなぐんだ」という意思は共通しているようにも思え、
ここにもアンナさんの狙いがあったのかなとも感じました。

UK駅伝の襷がつながれ、伝統的な大会に育っていってほしいと思います。


夜9時くらいまで日が暮れないロンドンで、アフターレースも大会関係者とたっぷり楽しみながら、駅伝文化が世界中に広がる日を楽しみにしたいと思った長い一日でした。

UK駅伝創設者、アンナ・ディングリーさん
「箱根駅伝のように100年続く大会に。オックスフォード辞典にekidenが載る日が来るように」

取材・文 吉田誠一 


UK駅伝の開催を実現したアンナ・ディングリーさんにインタビューしました。

UK駅伝の創設者、アンナ・ディングリーさんは、日本の外国語青年誘致事業に応じて鹿児島で勤務して以来、この30年のうち通算8年を日本で暮らし、官民の組織で日英両国の橋渡しに深く関わってきた。

「それなのに、箱根駅伝のことを知りませんでしたその時期はクリスマス休暇で帰郷していたからでしょう。」

箱根駅伝を認識したのは、出張で来日した2023年1月。翌年100回目を迎えるという新聞記事に目が止まり、その歴史の深さ、価値の重さに感銘を受けたという。

「1年後、箱根駅伝を直に見るために来日しました。選手同士が支え合う姿、それぞれの大学のファンが応援旗を掲げて声援を送る姿、駅伝について語り合う電車内のにぎわい──そのすべてが素晴らしくて感動しました。」そして決意した。


「駅伝をイギリスで開催したい。」 しかも、箱根駅伝が100回目を迎え、天皇皇后両陛下が国賓としてイギリスを訪問する今年、何としてもスタートさせたいと思った

そこから、信じがたいほどの急ピッチで支援企業、出場チームを募り、2024年6月、第1回UK駅伝を18チームで開催した。

そして今年6月の第2回は31チーム、大学16、企業15に規模を膨らませた。

アンナさんは大会を通じて、駅伝とその背景にある日本の文化をイギリスに伝え、日英の交流をさらに深めたいと願う。

「今年優勝した立命館大学は素敵でした。イギリスの学生とTシャツを交換し、大学のグッズや和菓子をプレゼントして交流を楽しんでいました。日本人は互いにサポートし合い、責任を持ってチームのために尽くします。そのチームワークの良さをイギリスの学生にも見てほしい。」

今年が薩摩藩のイギリス留学160周年にあたることから、鹿児島県出身の学生を募って鹿児島チームに出場してもらった。 
今後も毎年違う都道府県のチームを編成し、イギリスとのつながりを築く構想だ。

また、英国中の小学校でもミニ駅伝を催し、子どもたちがタスキをかけて走り、日本食を味わった学校もあるという。


「UK駅伝は私の日本への愛を示すメッセージのようなものです。100年続く大会にしなければならないと考えています。イギリスのオックスフォード英語辞典に、tonkatsu, sushi, karateのようにekiden が載る日が来るように。」

ja日本語